Home > Archives > 2006年02月

2006年02月

「葵上」 演出ノート

何を隠そう、私は某男性アイドルファンである。
さすがに多忙となった今はそれほどでもないが、
時間とお金に余裕のあった頃はCDや雑誌を買いあさり、
各地で催されるコンサートや舞台を追いかけていた。

情報はもっぱらインターネットで収集する。
そうするうちに、ファン同士の交流が生まれる。
彼のこんなところが好き、あの表情がステキ、など、
彼に関する話題のみを語り合うのだ。

そのなかでも特に気の合う人とは、
一緒にコンサートに出かけるようになる。
コンサート会場ではもちろんその友の隣に座るのだが、
いざ幕があがれば、誰が隣に座っていようと関係ない。
そこはもう、彼と自分の2人だけの世界なのだ。
彼は、私だけのために歌い、踊り、手を振る。
時折何かの拍子に目が合うのだけれど、
私の周囲にいる女性たちも同じ瞬間に悲鳴をあげるので、
ひょっとすると勘違いなのかもしれない。
そして、終わったあと、隣に座っていたであろう友と、
彼がいかに素晴らしかったかを徹底的に語り合うのである。

 しかし、時々ふと思う。
隣で私と同じように彼との世界に浸っているこの友は、
私の同志なのだろうか、それとも敵なのだろうか?
このような現象は、女性特有のものなのだろうか?

ポケティプロジェクトは女性中心の劇団である。
私たちは、家族と、恋人と、同僚と、友人との関係のなかで、
また、毎月おとずれる身体上の兆候によって、
自分が女性であるということを事あるごとに痛感する。

女性に生まれて良かったと思うこともあれば、
女性は損だと感じることもある。
私たちにとって《私たちは女性である》ということは大命題なのだ。

だからこそ、私たちは演劇によって女性を描きたい、
女性側から見た世界を立ち上げたいと考えている。
演劇にはその力がある。
演劇は、目で見、耳で聞き、そして、身体で感じることのできる芸術である。
何を感じるのか。世界を感じるのである。
これは、演劇にしかできないことだと私たちは考えている。

『葵上』は女性の情念、なかでも強い嫉妬心を描いた作品だと言われる。
見終わった男性は「女は怖いな」と感じるのだろう。
しかし、恋をしたからこそ女性は激しくなるのであり、
元をただせば、男性がいるからこそ女性は鬼にもなるのである。

また逆に、女性が美しくなるのも男性がいるからこそである。
女性にとって男性は鏡のように
―それも正しく像を写す鏡ではなく写ったその姿は
過剰に美しかったり醜かったりするのだが―
自らの《性》を反射するものなのである。
『葵上』に登場する女性たちも、
この醜さと美しさを同時に抱えているのではないだろうか。

今回のポケティプロジェクト版『葵上』では、
女性性がもたらす《美しさ》と《醜さ》に焦点をおいて、
物語の世界を立ち上げたいと考えている。
恋をした女性は美しく、そして醜いのである。


植田良子

「葵上」

PKT-P Vol.6

平安時代に生まれたベストセラー「源氏物語」には
実に様々なタイプの女性が登場する。
それぞれの生き様、秘めた思いが読者の心を魅了してやまない。
千年の時代を経て今もなお愛されている所以であろう。

なかでも鮮烈な印象を残すのは、主人公・光源氏(ひかるげんじ)の
本妻・葵上(あおいのうえ)を生霊となって呪い殺してしまう
六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)ではないだろうか。
子を宿すことにより光源氏と真に夫婦としての愛情を育みはじめる葵上であったが、
心が通じ合った途端に六条御息所の呪いで命を落とすことになる。
光源氏をとりまく女性たちは儚く、力強く、美しく、そして醜い。

六条御息所が生霊となって呪い殺す場面は
源氏物語第九帖「葵」の段に描かれており、
後年、能や文学、演劇などでもしばしば「葵上」という表題で
その場面が取り上げられている。

今回、ポケティプロジェクトでは“女性性”をキーワードに
「葵上」の世界を立ち上げたいと考えている。
今も昔も、恋をした女性は美しく、そして醜いのである。


演出:植田良子
上演台本:諸岡君代

出演:宮田忍
    田井敦子
    市谷まど香

演出補助:佐々木美栄子
選曲:森裕美 (劇団空想力学)
衣裳:中川有紀子 (劇団冒険主義)


2006年2月11日・12日
於:あかつきホール



Home > Archives > 2006年02月


Page Top